名古屋地方裁判所 昭和54年(ヨ)732号 決定 1979年8月01日
申請人
杉浦二三男
申請人
須甲英夫
申請人
大西勝廣
申請人
高津国利
申請人
水谷国男
申請人
山下龍保
右申請人ら代理人弁護士
浅井淳郎
(ほか五名)
被申請人
杤木合同輸送株式会社
右代表者代表取締役
杤木滋彌
右代理人弁護士
野田底司
(ほか八名)
主文
一 被申請人は、申請人らに対し、別表(略)第一の債権目録記載の各金員を仮に支払え。
二 申請人らのその余の申請を却下する。
三 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の主張
一 申請人らの申請の趣旨及び理由は別紙一のとおりである。
二 被請申人らの「申請の趣旨及び理由」に対する答弁は別紙二のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 (被保全権利)
(一)1 本件記録によれば、申請人らが被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることは、当裁判所昭和五三年(ヨ)第四〇五号地位保全等仮処分決定により仮に定められており、右仮処分決定は現に効力を有することが認められるから、申請人らは被申請人の従業員としての権利を有するといわなければならない。
2 本件記録によれば、被申請人は申請人らの就労を拒否しているのであるから、申請人らは被申請人に対し賃金請求権を有し、かつ他の従業員と同様に労働協約等に基づく賃金引上げによる増額分及び一時金の支払を受ける権利を有することは明らかである。
(二)1 (月額給与の増額について)
(1) 基本給日額
(イ) 本件記録によれば、被申請人は昭和五四年四月からはしけ船員の基本給の日割額を次の計算式によって算出された金額につき増額した。
(ⅰ) 欠勤がある者の場合
一五〇円―勤怠査定減額+勤務評定加給
(ⅱ) 欠勤がない者の場合
一五〇円―勤務評定減額
以上の事実が認められる。
(ロ) 本件記録によれば、右にいう勤怠査定減額は、昭和五三年三月二一日から昭和五四年三月二〇日までの間の欠勤日数を基礎として算出されるものであるところ、申請人らの勤怠記録は、昭和五三年三月三一日の解雇前一〇日分しかない。従って申請人ら全員について一〇〇パーセント出勤とみなすことを相当と認める。
(ハ) 次に本件記録によれば、勤務評定加減給については、被申請人は、毎年四月頃、前年度(前年三月二一日から当年三月二〇日まで)の勤務評定をなし、その評点により次の表に従い加・減給する。
A表(欠勤による減額のある者に適用)
<省略>
B表(欠勤による減額がない者に適用)
<省略>
申請人らは、昭和五三年三月三一日付をもって解雇されているので、右勤務評定はなされていないから、特段の事情もない本件においては、現存する資料中最新のものである昭和五二年冬季一時金の際になされた勤務評定をもって本件賃金改定の勤務評定とするのが相当と認められるところ、これによると申請人らの評点は次のとおりとなる。
<省略>
(ニ) してみると基本給日額の増額分は申請人杉浦、同大西、同水谷について各一五〇円、申請人須甲、同高津、同山下について各一〇〇円(一五〇円-五〇円)となる。
(2) 付加給、家族手当
本件記録によれば、申請人ら主張のとおり増額がなされたことが認められる。
(3) 以上により申請人らは、昭和五四年四月一日から別表第八の「計」欄記載のとおりの賃金月額の増額分を請求する権利を有するに至ったことが認められる。
2 (夏季一時金について)
(1) 本件記録によれば次の事実が認められる。
被申請人は、昭和五四年度の夏季一時金としてはしけ船員に対し、次の計算式によって算出される金額を昭和五四年六月九日に支給した。
{(基本給日額×二五日)×二・五六+(役付手当×四)+(技能手当×二)}×勤怠率×勤務評価率
(2) 本件記録によれば、申請人らの勤怠率は、一〇〇パーセントであると推認するのが相当である。
(3) 本件記録によれば、被申請人は昭和五四年度夏季一時金支払に際しての勤務評定については、五項目五点法により評定し、一項目当りの平均評点が三・〇以上の者は、前記一時金計算式の勤務評価率を一〇〇パーセント、二・九九以下の者は九五パーセントとすることにしたことが認められる。ところで前記月額給与増額の際認定したとおり、申請人らには本件一時金に際し勤務評価がなされていないので、前同様昭和五二年冬季一時金の際の勤務評価を採用するのが相当であるというべきところ、前認定のとおり昭和五二年冬季における勤務評価の方法は三項目三点法であったので、申請人らの同季における評点を五点法による場合の数値に引き直さなければならない。本件記録によれば、右引き直しの数値及び夏季一時金支給率は次のとおりになることが認められる。
<省略>
(4) 本件記録によれば申請人山下を除くその余の申請人らの技能手当、役付手当は、申請人ら主張のとおり認められるが、申請人山下についての技能手当は、同人が昭和五二年一二月より小型はしけに転乗したため、昭和五三年三月以降六〇〇〇円を支給されていることが認められるから同人の技能手当は六〇〇〇円と認めるのが相当である。
(5) 以上認定の事実を前提として申請人らの昭和五四年度の夏季一時金を算定すると別表第九のうち「申請人らの夏季一時金額」欄記載のとおりとなる。
3 (妥結一時金(解決金)について)
本件記録によれば被申請人は、昭和五四年五月二〇日、昭和五三年三月三一日から昭和五四年三月二〇日までの間に、継続して一か月以上就労していない従業員を除いて四万円を一律に支給したことが認められる。してみると被申請人らの就労拒否のため就労していない申請人らも右四万円を請求する権利があるものといわなければならない。
二 (必要性)
(一) 本件記録によれば、申請人らは被申請人から支払われる賃金を唯一の生計手段とする労働者であること、申請人らは、昭和五三年七月に地位保全と賃金相当額の仮払を命ずる仮処分決定に基づき毎月一定額の支払を受け、その後改定された賃金増額分の仮払仮処分を申請して同年一〇月認められ、その結果右各仮処分決定に基づき申請人らは現在毎月合計別表第一〇の仮払を受け、これらとは別に、夏季及び冬季各一時金についても仮処分申請をして認められ、昭和五三年夏季分として別表第五のとおり、同年冬季分として別表第七のとおりの各仮払を受けていることが認められる。
ところで解雇された労働者が、解雇の効力を争って訴訟中、賃金相当額等の仮払を求める仮処分を申請し、これが認められて毎月一定額の支払を受け、その後賃金増額改定に相応する追加仮処分を受け、また夏季、冬季等の一時金についても、その一部について仮払仮処分を受けて臨時的或いは季節的支出にあてもって一応の生活水準を維持していると認められているような場合は、その後に他の解雇されない従業員と使用者との間で再度賃金増額等協定が成立したというだけで直ちに右増額分等についての仮処分の必要性を肯定するのは相当でなく、改めて増額分等の支払を求める部分についての必要性を慎重に判断すべきは当然である。そして右必要性は、過去において数次にわたる仮処分決定の都度判断されているとみられるので、今回の仮処分の必要性は、これらの数次にわたる仮処分のうちの直近のものの発令時以降仮処分債権者において増額分等の仮処分を受けなければならないような家庭経済生活上の追加的事情例えば消費者物価の上昇、家族数の増加等の発生があったか否か等を中心に判断するのが相当である。そこでこの点につき申請人らの個別的事情を検討する。
(二)
1 申請人杉浦分
(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として昭和五三年二月に被申請人から一〇〇万円、百五銀行から一〇〇万円、住宅金融公庫から一四〇万円を借りて家の改築をし、毎月その分割金の返済をしなければならず特に一時金支給時には三五万円以上を支払わなければならないこと、高校二年生と中学三年生の二子が六月に修学旅行に行くための出費が必要であることを主張している。
ところで本件記録によれば、申請人杉浦は、その収入によって妻と子供二人との生計を維持しているものと認められるところ、名古屋市における標準生計費(愛知県人事委員会昭和五三年四月調べ、以下同じ。)は四人家族の場合金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に七三万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の返済金のうち臨時的なものは、一時金で支出が可能と認められ、定期的なものは、従前の額の月々の収入額で十分支払可能と認められる。してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金が賃金の後払的性格を持つこと、給料生活者は夏季、冬季の一時金を必要不可欠の収入として予定し、年間の生活設計を立てており、月々の給料でまかない切れない臨時的、季節的出費、月々の赤字補填等に充てている事実、申請人もまたその例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三六万円が申請人杉浦の生活を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。
2 申請人須甲分
(1) 本件記録によれば同申請人において、特に支出を必要とする事情として通勤のための車のガソリン代、維持費、専門学校に通っているための諸費用、生命保険料、結婚準備のための諸費用を主張している。
ところで本件記録によれば申請人須甲はその収入によって母との生計を維持しているものと認められるところ、名古屋市における標準生計費は二人家族の場合一〇万九五五〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮してもなお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五三万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の結婚準備のための諸費用は一時金で支出が可能と認められ、恒常的なものは従前の額の月々の収入等で十分支出可能と認められる。
してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人須甲においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認められるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二六万円が、同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。
3 申請人大西分
(1) 本件記録によれば、同請求人において、特に支出を必要とする事情として家賃、車庫賃借料、ガンリン代、自動車保険料、自動車税、生命保険料、子供の学校給食費等を主張している。
ところで本件記録によれば、申請人大西は、その収入によって妻と子供二人との生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は四人家族の場合前認定のとおり金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に六六万円余の一時金を受領していることを併せ考えると、前記同申請人主張の諸費用は、従前の額の月々の収入等で十分支払可能であると認められる。
してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人大西においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三三万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。
4 申請人高津分
(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として昭和五一年五月住宅を購入した際の住宅ローンの分割返済金の支払、通勤のための自動車のガソリン代、自動車保険料、生命保険料、義父の墓を兄弟で立てる費用負担分を労働金庫から借りたため、毎月支払うべき分割金、家具のローン返済金、二子の塾の月謝代、又特に一時金支給時には前記住宅ローンとして一六万円の特別支払と別居している義母への五万円の仕送りが必要であると主張している。
ところで本件記録によれば申請人高津は、その収入によって妻と子供二人との生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は四人家族の場合前認定のとおり金一七万一五二〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に六九万円余の一時金を受領していることを併せ考えると、前記同申請人主張の返済金のうち臨時的なものは、一時金で支出が可能と認められ恒常的ないし、定期的なものは、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。
してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり申請人高津においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。
そこでその額について考えるに前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金三三万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るものとは認められない。
5 申請人水谷分
(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要として、家賃、生命保険料、子供の教育費、自動車のガソリン代、自動車税等の支払を主張している。
ところで本件記録によれば、同申請人は、その収入によって家族三人の生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は三人家族の場合金一四万六三六〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮しても、なお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五五万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の諸費用は、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。
してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人水谷についても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると、本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二八万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし著しい損害を蒙るものとは認められない。
6 申請人山下分
(1) 本件記録によれば、同申請人において、特に支出を必要とする事情として、子供の小学校入学に伴う学用品等の購入、生命保険料、火災保険料等の支払、来たる八月に第二子が誕生する予定であるための出産費用を主張している。
ところで本件記録によれば、同申請人は、その収入によって妻と子供一人の生計を維持していることが認められるところ、名古屋市における標準生計費は三人家族の場合前認定のとおり金一四万六三六〇円であることが認められ、昭和五三年五月以降の物価の上昇による生計費の増加を考慮してもなお同申請人は右標準を上回る生活水準を維持していると推認されること、過去一年間に五七万円余の一時金を受領していることを併せ考えると前記同申請人主張の諸費用のうち臨時的なものは、一時金で恒常的なものは、従前の額の月々の収入等で十分支払可能と認められる。してみると本件賃金増額分及び妥結一時金の支払を今直ちに受けなければ、同申請人の生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るとは認められず、その他本件記録に顕われた一切の事情を考慮しても右請求の必要性を認めることができない。
(2) 次に本件夏季一時金の請求について考えるに、一般に一時金の性格が前記申請人杉浦の項で説示したようなものであり、申請人山下においても亦その例にもれないこと等の外本件記録に顕われた一切の事情を考慮するときは、前認定にかかる同申請人の夏季一時金について仮払の必要性があるものと認めるのが相当である。そこでその額について考えるに、前認定にかかる当期の一時金の額、毎月受領している賃金仮払額その他諸般の事情を総合すると本件仮処分においては、夏季一時金のうちほぼ八割にあたる金二七万円が同申請人の生計を維持するのに必要な金額と認めうるが、本件疎明をもってしても、それを上回る部分は、同申請人において右金員の支給を今直ちに受けなければ、その生活が困窮を来たし、著しい損害を蒙るものとは認められない。
三 以上により申請人らの本件申請は右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 佐藤壽一 裁判官 島本誠三)
別紙一 申請の趣旨
一、被申請人は申請人らに対し、名古屋地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四〇五号地位保全等仮処分申請事件の決定並びに同庁昭和五三年(ヨ)第八九二号及び同庁昭和五三年(ヨ)第一六三三号各賃金仮払い仮処分申請事件の各決定により給付を命ぜられた金員の外に、別表第二債権目録記載の各金員及び昭和五四年四月一日以降毎月二七日限り別表第三債権目録記載の各金員を本案判決確定に至るまで、それぞれ仮に支払え
二、申請費用は被申請人の負担とする
との裁判を求める。
申請の理由
一、申請人らは、いずれも被申請人(以下会社ともいう)の従業員であるが、昭和五三年三月三一日会社は申請人らに対し、労働協約九条並びに就業規則二六条三項に基づき解雇する旨の意思表示をなした。
申請人らは、右解雇を不当と考え、名古屋地方裁判所に地位保全の仮処分を申請し(昭和五三年(ヨ)第四〇五号)、昭和五三年七月七日左記のとおり申請人ら全面勝訴の決定を得た。
記
主文
一、申請人らが被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあたることを仮に定める。
二、被申請人は申請人らに対し、昭和五三年四月一日以降毎月二七日限り別紙債権目録〔注・本件別表第四債権目録〕記載(但し四月分はC欄記載の、五月分以降はA欄記載)の各金員を仮に支払え。
三、申請人らのその余の申請を却下する。
四、申請費用中補助参加によって生じた分は補助参加人の負担としその余は被申請人の負担とする。
二、従って、申請人らは右地位保全仮処分決定により、会社の従業員たる地位を保有しているのであるから、会社は賃金その他の労働条件について、申請人らを他の従業員と別異に取り扱うことは許されない。
三、申請人らは、右決定後
1 昭和五三年一〇月二日、名古屋地方裁判所昭和五三年(ヨ)第八九二号賃金仮払い仮処分申請事件により
主文
一、被申請人は、申請人らに対し、別紙債権目録(一)〔注・本件別表第五債権目録〕記載の各金員及び昭和五三年四月一日以降毎月二七日限り別紙債権目録(二)〔注・本件別表第六債権目録〕の各金員を仮に支払え。
(以下省略)
2 昭和五四年一月一七日、同庁昭和五三年(ヨ)第一六三三号賃金仮払い仮処分申請事件により
主文
一、被申請人は、申請人らに対し、別表(一)の債権目録〔注・本件別表第七債権目録〕記載の各金員を仮に支払え。
(以下省略)
との各決定を得た。
申請人らは、右各決定により、解雇以降の賃金(賃上分を含めての月額給与並びに一時金の一部)の仮払を受けている。しかしながら会社は右決定後の昭和五四年度の月額給与の増額分及び夏季一時金の支給をしない。
四、会社は、昭和五四年四月より申請人らを含む艀船員の月額給与を次のとおり増額した。
1 基本給日額を一律一五〇円増額
2 付加給は従来一律一四〇〇〇円だったものを三〇〇〇円増額して一七〇〇〇円とする。
3 家族手当のうち妻の分が従来四五〇〇円だったものを一五〇〇円増額して六〇〇〇円とする。
従って、昭和五四年四月以降の月額給与の増加分は妻帯者である申請人杉浦二三男、同大西勝廣、同高津国利、同水谷国男及び同山下龍保については、
金八二五〇円
150円×25日+3000円+1500円=8250円
となり、独身者である申請人須甲英夫については
金六七五〇円
150円×25日+3000円=6750円
となる。
五、1 また会社は艀船員の昭和五四年度の夏季一時金を左記のとおり定め、申請人らを除く艀船員に対しては、昭和五四年六月九日これを支給した。
記
(基本給日額×二五日)×二・五ケ月×一・一+技能給×二ケ月+役付手当×四ケ月
<省略>
2 しかるところ、申請人らの基本給日額は、従前昭和五三年(ヨ)第八九二号仮処分事件で仮に定められており、昭和五四年四月一日以降は賃金改訂により前記のとおり一五〇円増額されるべきものであるから次のとおりになる(編注・上表)。
3 また技能給については、申請人山下は一二〇〇〇円、その余の申請人は六〇〇〇円であり、役付手当については、申請人杉浦、同高津が主任であるため一五〇〇〇円、申請人大西が班長であるため八〇〇〇円の支給をそれぞれ毎月受けている。
4 従って申請人らの昭和五四年度夏季一時金は次のとおりである。
(一) 申請人 杉浦二三男 四七万七六二五円
5900×25×2.5×1.1+6000×2+15000×2=477625円
(二) 同須甲英夫 三六万六〇六三円
5150×25×2.5×1.1+6000×4=366063円
(三) 同大西勝廣 四三万五八七五円
5700×25×2.5×1.1+6000×2+8000×4=435875円
(四) 同高津国利 四六万〇四三八円
5650×25×2.5×1.1+6000×2+15000×4=460438円
(五) 同水谷国男 三六万九五〇〇円
5200×25×2.5×1.1+6000×2=369500円
(六) 同山下龍保 四〇万二一二五円
5500×25×2.5×1.1+12000×2=402125円
六、会社は、昭和五四年度の月額給与の増額分が極めて低かったために、その填補分として申請人らを除く従業員に対し、昭和五四年五月二〇日妥結一時金(解決金)として一律四万円を支給した。
七、従って会社は申請人らに対し、昭和五四年度の夏季一時金及び解決金の合計金たる別表第二債権目録記載の金員及び昭和五四年四月一日以降は毎月二七日限り別表第三債権目録記載の金員を支払う義務がある。
八、申請人らは乏しい収入で家族の生活を支え、他に収入はなく、引き続く物価高騰にあって、その生活は極めて困窮している。従って賃上分及び一時金等の支払いの必要性は極めて高い。
よって、申請人らは会社に対して申請の趣旨記載のとおりの金員の仮払いを求めるため本申請に及んだものである。
別紙二
第一、申請の趣旨に対する答弁
申請人らの申請をいずれも却下する。
申請費用は申請人らの負担とする。
との裁判を求める。
第二、申請の理由に対する答弁
一、第一項の事実中、申請人らが被申請人杤木合同輸送株式会社(以下「会社」という。)の従業員であることは否認し、申請人らが解雇を不当であると考えたことは知らない。その余は認める。但し、申請人山下龍保は、申請外藤木海運株式会社(以下「藤木海運」という。)からの、いわゆる在籍出向社員である。
二、第二項の事実は否認する。
三、第三項の事実は認める。
四、第四項の事実中、付加給の増額及び家族手当の増額分、並びに申請人杉浦、同大西、同水谷についての計算式は認めるが、その余は否認する。
五、第五項は争う。
六、第六項は否認する。会社は、昭和五三年三月二一日から同五四年三月二〇日までの間に、継続して一カ月以上就労していない従業員を除いて金四万円を支給したのであって、申請人らを除く従業員全てに一律四万円を支給したわけではない(疎乙第九号証)。
七、第七項は争う。
八、第八項は不知乃至争う。
第三、会社の主張
一、申請人の主張する申請理由の不当性について
(一)
1 申請人らは、昭和五三年三月三一日付をもって、会社(申請人山下龍保に関しては、藤木海運からの在籍出向社員であるから藤木海運)の従業員としての資格を失っている。すなわち、会社は名古屋港湾労働組合(以下「名港労組」という。)の要求により(疎乙第一号証)、名港労組と締結している労働協約(疎乙第二号証)第九条(ユ・シ協定)の義務の履行として、名港労組を脱退した申請人らを昭和五三年三月三一日解雇した(疎乙第三号証の一乃至六)のである。なお申請人山下龍保に関しては、念のため会社も解雇しており、会社の通知に従い藤木海運が解雇している(疎乙第四号証一及び二)。会社あるいは藤木海運の右解雇は、右ユ・シ協定が誠実に履行された結果であって、その有効性に疑問をはさむ余地は全くない。
従って、申請人らは、右解雇申し渡しによって、昭和五三年三月三一日をもって会社の従業員としての資格を喪失した。しかして、昇給時期及び夏季一時金支払日以前に会社の従業員たる資格を失った者に対し、昇給額及び夏季一時金が支給されないのは当然であるから、前記解雇によって、会社が昭和五四年度の昇給額及び同年度の夏季一時金を支払わなければならない理由は全くないのである。
2 ところで、名古屋地方裁判所昭和五三年(ヨ)第四〇五号事件の決定主文は、申請人ら主張の如き内容であったのであるが、地位保全仮処分命令が発せられた後に、更に賃金仮払等の仮処分申請がなされた場合も、裁判所は雇用関係の存否の判断に際し、先行の仮処分に拘束されるものではないことは大多数の判例の説示するところである(神戸地判昭和三三年一月二五日、労民集九巻一号九一頁、東京地決昭和三五年四月八日、労民集一一巻二号三一四頁等。学説として中川=兼子「仮差押・仮処分」青林書院新社刊実務法律大系8、四五〇頁以下)。
しかも、前記名古屋地裁の決定そのものは、本件のような場合はユ・シ協定の効力が及ばないとするものであり、その理由たるや全く根拠がなく、結果的には、ユ・シ協定そのものの有効性を否定するものといわざるを得ず明らかに誤りである。従って本件審理においては、前記解雇の効力そのものについてもまた審理が尽されるべきである。
さらに同決定は、申請人山下龍保に関し、藤木海運からの在籍出向社員であることを認めておきながら、申請人山下龍保が、会社の指揮監督に従って、はしけ船員として労務を提供し会社から賃金の支払を受けてきたのみによって、申請人山下龍保と会社との間に通常の労働契約が成立している旨述べているが、この点についても、在籍出向社員と出向先会社との法律関係につき、誤った解釈をなしたものであるから更に審理が尽されるべきである。
二、昭和五四年度の昇給について
(一) 会社は、昭和五四年四月よりはしけ船夫の月額給与を次のとおり増額した。
1 基本給の日割増を、次の計算式によって算出された金額につき増額する(疎乙第九号証)。
(イ) 欠勤がある者の場合
一五〇円―勤怠査定減額+勤務評定加給
(ロ) 欠勤が無い者の場合
一五〇円―勤務評定減額
なお、右1の勤怠査定減額あるいは勤務評定加・減給は次のとおり算出される。
まず勤怠査定減額は、昭和五三年三月二一日から同五四年三月二〇日までの間の欠勤日数を、欠勤内容により別に定められた点数に換算し、その点数により別に定められた金額を減額するものであるが、申請人らの勤怠記録は、本件解雇前一〇日分しかないので、申請人らのため、申請人ら全員を一〇〇%出勤と見倣すこととするのでその詳細は述べない。
次に勤務評定加・減給についてであるが、会社は毎年四月頃、前年度(前年三月二一日から当年三月二〇日まで)の勤務評定をなすわけであるが、その勤務評定として最終的に表わされる評点(後述)により、左記の表に従い加・減給される。
A表(欠勤による減額のある者に適用)
<省略>
B表(欠勤による減額がない者に適用)
<省略>
勤務評定は三項目三点法により、三項目とは、協調性、注意力及び責任感で、これについて管理者級の役付者二名が査定し、そしてその評価がよいとする者に三点、悪いとする者に一点、平均であるとする者に二点を各評定する方法である。その合計点数を評定者数で除した平均値を以って評点とする。但し、右二名の者の評定の差異が著しいときは、作業担当次長において修正する。
(二) 申請人らの最終的勤務評点
申請人らは、昭和五四年度賃金改訂のとき会社に在籍しなかったため、前記勤務評定はなされておらない。
従って、現在において勤務評定することは、たぶんに主観が入る恐れがあるため、現在存在している資料で最も近接のものを評点として使用するのが合理的であると考えられるところ、会社に勤務評定として存在する唯一の資料は、昭和五二年冬季一時金の時なされたものである。
これによると、各申請人の勤務評定の最終平均評点は次の通りである(疎乙第六号証の一乃至三及び疎乙第八号証)。
<省略>
(三) 申請人らの具体的昇給額試算
以上のことを前提として、仮に申請人らに支払われるべきであるとした場合の申請人らの昭和五四年度の賃上げ月額を試算すると別表第八のとおりとなる(疎乙第九号証)。
三、昭和五四年度夏季一時金について
(一) 会社は、昭和五三年度夏季一時金をはしけ船夫に対し、次の計算式によって算出される金額を支給した(疎乙第九号証)。
{(基本給日額×二五日)×二・五六+(役付手当×四)+(技能手当×二)}×勤怠率×勤務評価率
1 役付手当は主任手当又は班長手当のことであり、主任手当は金一五、〇〇〇円、班長手当は金八、〇〇〇円である。
2 勤怠率は、昭和五三年九月二一日から同五四年三月二〇日までの間の欠勤の有無に関するもので、申請人らについて、右の期間中欠勤がなかったものとしていずれも一〇〇パーセントとする。
3 勤務評価は、昭和五四年夏季一時金については、五項目五点法で、そのやり方は、前記昇給のときと同じ方法である。そして、一項目当りの平均評点が三・〇以上の者は、前記一時金計算式の勤務評価の率を一〇〇%、同二・九九以下の者は九五%とするという方法であった。
ところで前記昇給の際述べたように、申請人らに関しては勤務評価をなしていないので、昭和五二年冬季一時金の際の勤務評価を援用することとするが、前述のように、同五二年冬季に於ける勤務の評価の方法は三項目三点法であったので、各申請人らの昭和五二年冬季に於ける評点を五点法による場合の数値に引き直さなければならない。
各申請人らの昭和五二年冬季の勤務評価の最終結果は前述した通りである。そこで、右の各数値を五項目五点法に引き直して、一項目当りの平均評点を算出するには、
前項の各数値×三分の五÷三
ということになる。
その結果、申請人らの一項目平均評点及び夏季一時金支給率は次の通りとなる。
<省略>
(二) 申請人らの具体的夏季一時金試算
以上のことを前提として、仮に申請人らに支払われるべきものであるとした場合の申請人らの昭和五三年度夏季一時金を試算すると別表第九のとおりである。
(三) なお申請人らは、申請人山下龍保についての技能手当を、一二、〇〇〇円であると主張するようであるが、申請人山下龍保は、昭和五二年一二月より小型はしけに転乗しており、同五四年三月より六、〇〇〇円の手当しか支給されておらないのであるから技能手当は六、〇〇〇円である(疎乙第七号証及び同第九号証並びに同甲第二及び第三号証)。
四、保全の必要性
(一) 一般に賃金等の仮払いを命ずる仮処分は、満足的(断行)仮処分の典型的な事例であり、しかもいったん支払ってしまえば、後日、本案訴訟において債務者(使用者)が勝訴しても、原状回復が不能または著しく困難となることが多いので、これを認容するためには、高度の必要性を要するものとしなければならないのである。そして、仮払いが求められている賃金等を過去の分と将来の分に分類すれば、過去の分については前述のような満足的仮処分の性質に照らして、一般的に保全の必要性の限界を逸脱しているものと解するのが正当である。さらに賃金等を一定の期日に一定の金額が支払われる本来的な意味における賃金と支払期日も金額も特定されていない臨時的な給与(本件夏季一時金あるいは花見代と称するものがこれに当ることは明白である。)に分類すれば、後者については一層右の理論が妥当するのである。
したがって、学説は過去の賃金等、ことに少額のものや臨時的な性格を有するものの仮払いを求める仮処分について、保全の必要性を肯定することに懐疑的なものが多いのである(例えば、労働関係民事行政裁判資料一二号一五六頁、新堂幸司「仮処分」経営法学全集一九巻一六六頁、今中道信「賃金、退職金支払の仮処分の必要性」実務民訴講座九巻三〇〇頁以下、中川善之助ほか編「仮差押・仮処分」実務法律体系八巻四五八頁)
判例もまた、つぎのように圧倒的多数のものが、この種事案についての保全の必要性を否定しているのである。
(1) 一人当り金六〇五円の公労委仲裁裁定による追加支給金(東京高判昭和二五年一一月二八日労民集一巻六号一、一四九頁)
(2) 一人当り金七七二円の生産奨励金(函館地決昭和二五年一二月二八日労民集一巻追録一、二九八頁)
(3) 一人当り金六二六円から金一七〇円の年次有給休暇請求による賃金カット分(仙台地決昭和二九年四月七日労民集五巻二号二一一頁)
(4) 一人当り金九万一、九八〇円から金三、七五〇円の退職金の残金(浦和地判昭和三〇年一二月二七日労民集七巻一号二〇九頁、東京高判昭和三一年九月二九日労民集七巻六号一、一一五頁)
(5) 一人当り金三万八、〇〇〇円から金二万一、〇〇〇円の給料の一カ月分の夏季手当(岡山地決昭和三三年一一月二九日労民集九巻六号一、〇四六頁、広島高岡山支決昭和三四年四月三日労民集一〇巻二号四一八頁)
(6) 金三万一、五六四円の休業手当(東京地判昭和三三年一二月一九日労民集九巻六号一、〇五〇頁)
(7) 一人当り金三万五、三七九円から金二万九、六六二円の給料の一・四カ月分の越年資金(広島地福山支決昭和三四年三月二三日労民集一〇巻二号四一二頁)
(8) ロックアウト中の賃金カット分(金額不詳)(神戸地判昭和三四年三月二六日労民集一〇巻六号一、一五二頁)
(9) 一人当り金六、九八一円から金三、二五〇円の懲戒休職による休職期間一五日分の賃金(福岡地判昭和三六年五月一九日労民集一二巻三号二四七頁)
(10) 一人当り金三一万六、二六〇円から金一万四、〇四四円の時間外及び深夜労働による割増賃金(名古屋地決昭和三六年九月二五日労民集一二巻五号八三四頁)
(11) 一人当り金一、八〇〇円程度の解雇申渡し後解雇の効力発生までの九日間の賃金(名古屋地判昭和四〇年一一月一日労民集一六巻六号八九五頁)
(12) 夏季賞与金一七万五、六〇〇円(広島高決昭和四七年九月一八日判時六八三号一二五頁)
(13) 過去の昇給分あるいは一時金(高知地決昭和五二年一二月二三日労経速報九七四号二〇頁)
前記学説や判例によれば、本件昇給及び夏季一時金の仮払いを求める仮処分については、一般的に保全の必要性を否定することが正当であることは、もはや多言を用いずして明らかであろう。
なお、数次にわたる仮処分後の昇給差額・一時金支払請求仮処分事件につき、その必要性が否定された最近の判例として、東京地裁(昭和五一年九月九日、昭和四九年(モ)第一二、七七六号)判決(判時八四三号一一四頁)及び東京高裁(昭和五三年六月二八日昭和五二年(ウ)第八四〇号)決定(判時八九八号五四頁以下)があることを付記しておく。
(二) 仮に百歩譲り、右の一般論が失当であると仮定しても、本件においては保全の必要性を否定すべき格別の事情が存するのである。
申請人杉浦二三男、同高津国利、同大西勝廣は世帯人員が四人、同山下龍保、同水谷国男は世帯人員が三人、同須甲英夫は世帯人員が二人であるところ、愛知県人事委員会の算出によれば、昭和五三年四月時点(同五四年度に関しては未発表)における名古屋市内の四人世帯の標準生計費は一七万一、五二〇円、三人世帯の標準生計費は一四万六、三六〇円、二人世帯の標準生計費は一〇万九、五五〇円である(疎乙第五号証)。
しかして、この統計資料によれば、昭和五四年度の賃上げ及び物価上昇等を考慮して、申請人らの有利になるよう最大限に見積り、各世帯ごとに月間一律一万円の生計費が増加するものとしても、申請人杉浦二三男、同高津国利、同大西勝廣が一八万一、五二〇円、同山下龍保、同水谷国男の生計費が一五万六、三六〇円、同須甲英夫の生計費が一一万九、五五〇円を超えることはあり得ないところであることが明らかであるといわなければならない。
一方、申請人らはその自認にかかるように、貴庁昭和五三年(ヨ)第四〇五号及び同第八九二号事件の仮処分決定により、申請人杉浦二三男は月額二三万六、六六九円、同高津国利は月額二三万八、七七〇円、同大西勝廣は月額二三万〇、八六〇円、同山下龍保は月額一九万八、七七〇円、同水谷国男は二〇万七、二六〇円、同須甲英夫は一八万六、九三〇円の仮払いを受けているのであるから、申請人らは、現在、その生計費を優に上廻る収入を得ているのである。したがって、その上さらに昭和五四年度昇給額及び同夏季一時金などの金員の支払いを仮処分によってまで求めなければならないほどの緊急の必要性は存しないのである。
以上